第二話

第二話 『私を超える / 性~20歳のカオリ』

1 心がさわぐ

 私は20歳になった。イスタンブールから帰国してからもう6年がたったのだ。
お母さんに約束した通り、私はちょうど1年で家に帰ってきた。月に一度はハガキを出していたから、お母さんは警察に捜索願いを出すこともなかった。学校も病気休学の扱いになっていたから、私は何食わぬ顔をしてまたもとの学校に通い始めた。以前のような学校や周囲に対する絶望感はもうなかった。成長したのだろうか。私の成果は一体何だったのだろう? いいところまで行っていたのに、突然ヒロシは去った。理由はわからない。ヒロシのその後の痕跡もまだ見つからない。私はそのことをこの6年間ずっと考えて続けている。
成果の一つは、男を愛することを覚えたことか? お父さんのような男が、この世界には存在していることがわかった。それはとても大きな収穫だ。私は絶望しなくていいのだ。情熱をもって生きることができるからだ。いま私が学校に戻っても、以前と周囲が違って見えるのはこのせいだと思う。私の世界は、少なくともお父さんの世界と一つの通路をもったのだ。
ヒロシとやった実験は途中で終わってたわけだから、何だったのかは私にはほんとうのところはわからない。あんな実験の続きが私一人でできるわけがない。相手が必要なのだ。結局、私はどうなったのか? そして、ヒロシはどうなったのか? ホントに消えてしまったとはとても思えない。どっかに隠れているに違いないのだ。或いは、ヒロシは冗談で隠れただけで、ちょっと宇宙に用事を済ませに戻ったけど終ったからいま迎えに来たよとか、そんなつまらない言い訳でもするつもりなのか? 思い出した。私はヒロシについて、そう思うことに決めていたのだった。私が傷つかないために。
私が新しい男に出会ったのは、私の19歳の誕生日だった。新しい男は、ヒロシとも、お父さんとも違う。でも、三人とも雰囲気が似ていると思った。私はやはりお父さんタイプに弱いのだ。私の心がまた騒ぎはじめた。

私は、帰国後、18歳になった時に大学に進学するかわりに、ひょんなことからAV女優になっていた。そして、思った。男と女の関係はこのままではつまらないと。
私はAV女優になり、その後にグラビアアイドルになり、最後に風俗の女になった。母にはすべて秘密にしていた。楽天家の母は、何も気づいていないに違いない。そして、これも何かの運命のいたずらに違いない。風俗の客の一人と結婚し、何と子どもまで生んでしまった。まだ19歳なのに。人の子の母になってしまった。
私がアダルトの女優になったのには大した理由はなかった。単なる好奇心。そして、アダルトを早目に卒業したのがよかったのかも知れないけど、グラビアアイドルとしてもデビューしてしまった。そして、1年間の短い期間だったけど、ある雑誌のナンバーワンモデルにもなった。つまりスターになったのだ。身のこなしやちょっとした演技に独特な味があるって、褒められた。AV女優がグラビアのスターになるなんて、以前にはなかったらしい。その雑誌の編集者が、昔なら考えられないことだと言っていたから。でも、グラビアに転向して成功した女の子は私だけじゃない。そもそも、最近は可愛い女の子たちがやたらに増えている。だから、女の子たちもアダルトにも自然に進出することになる。大したことじゃない。いま世間の別の分野で起きている珍しい現象と同じで、単に珍しいということにすぎない。
グラビアもやめたときによくわかったけど、私にとってはアダルト体験もグラビア体験も大差はなかった。どちらもどうということはない。私自身に何の変化もなかった。そして、グラビアもやめた後は、これも興味半分で風俗に勤め、飢えた男たちを毎晩何人も射精させ、変態男たちとの倒錯プレイも何度も経験した。でも、私はすべてお見通し。小説なんかに書かれているような大それたドラマは倒錯プレイにも何もない。この世界でも大したことは起きていなかった。

でも、風俗で出会った客の男たちの中に、ひとりだけ面白い男がいた。31歳で、木原キヨシと名乗っていた。私はこのキヨシに、雰囲気がお父さんに似ているという理由で、恋をしたのだ。
キヨシは、変わった男で、私を抱いている最中によく記憶喪失に陥った。行為の最中に、自分は一体誰だと突然叫びはじめるのだ。えーっ、何でセックスの最中に? 特別に何かが刺激されるのだろうか。そして、私はキヨシに驚いた。だって、こういう時のキヨシは、イスタンブールで私の前から消えたヒロシによく似ていたから。いつもではないけれど、ある時にはほんとうに瓜二つだった。キヨシとヒロシ。語感まで似ている。
それで、私は、キヨシに何の仕事をしているかを聞いた。出会って最初の頃は警戒している様子で、仕事については何も喋らなかった。風俗にしょっちゅう来るような男なんて、大体何らかの秘密があるに決まっている。だから私は気にしなかった。でも、打ち解けるようになってからは、彼の方から話しはじめた。そして、また驚いた。キヨシも何とヒロシと同じ脳科学者だったから。ただ副業もあり、それが風俗作家だと。それにしても、偶然にしてはできすぎているのでは? 世の中にはそれこそ数え切れないほどの仕事がある。それが、よりによって何でキヨシの仕事まで脳科学なのか。誰かが仕込んだことなのか。私からすれば、そこに何かの意図が隠されていると疑っても不思議ではない。
でも、私が、キヨシに、昔のワタシの彼氏もあなたと同じ職業だったのよ、不思議ねと言っても、彼はちょっと驚いただけで、それ以上の関心を示さなかった。以前の記憶を失くしている以上、関心を示したくても無理だったのかも知れない。本人なのか。別人なのか。昔の記憶を失くした男にいくら聞いても無駄だったのだ。
キヨシがほんとうに31歳で、あの男がほんとうに48歳だったとすれば、当然二人は別人だ。あれから6年がたっている。同じ男なら、キヨシと名乗るこの男はいま54歳のはず。男の年齢が私にはわかりにくいといっても、キヨシが54歳のはずはない。からだつきや雰囲気は、どう見たって20代後半か30代前半だから。いくら何でもそんな馬鹿なことはあり得ない。