第7話・第8話

第7話『エックハルト軍のヒト宇宙化計画』

1 異界の行動原理

僕は、エダを理解しないわけではない。
先週の東京上空の戦闘でエダに遭遇した時、彼女はエリカの一瞬の隙をつき、エリカの脳に侵入した。その時、僕にも彼女の心が少しだけ読めた。あの時はエリカの安全を確保することが最優先だったため、エダに充分な注意を払う余裕はなかった。それでも、僕はエダと、お互いのネットロボットを通じて、はじめて議論らしい議論を交わした。その時、彼女が、その正確な内容は不明だが、『宇宙の花計画』という作戦を準備していることを知った。そして、彼女が、口では決して言わなかったが、その作戦を自分の死と引き換えに成功させるつもりであることもわかった。
エダは重大な作戦を抱えている。僕は彼女の経歴は調べて知っているため、内容の詳細は不明でも、目的については見当がつく。それが世界にとって危険極まりないものであることは間違いない。
エダは僕に言っていた。
命を賭けた作戦だ。
内容は教えられない。
命を賭けた作戦、か。しかし、それでいいのだろうか? エダはどうなるのか? そして、残される結果は?
エダは、僕に、善の実現は悪の自壊により達成されると言った。確かに、そこに真理が潜んでいることは認める。僕たちエックハルト軍による戦争も、人を殺すのだから、善ではなく、原理的に悪だ。僕たちは、必要悪として、やむを得ず戦争をしている。あらゆる戦争が同じ論法で、自己を正当化している。よりつよい悪がよりよわい悪に勝利し、勝利の後に善を名乗る。しかし、この善が善であるはずがない。悪そのものだ、善が実現されたのではない。エダの言う通りだ。
しかし、エダが言う理屈は理解できても、悪の自壊をあらかじめ組織できるとは限らない。悪の自壊が起きるのはほんの稀な事態に過ぎないから、達成されない場合だってある。悪の自壊が起きない場合はどうするのか? 彼女が死亡した後、エダが期待する悪の自壊が起きず、悪だけが実現されたら?
エダの極端な考え方は、第7次中東戦争での彼女の作戦の成功事例から導き出されている。それが今回も適用できるとは限らない。その保証は何もないのだ。彼女がメタトロン軍のオスマンやアジェイに見抜いている欠陥が、彼女にもあるのではないか? つまり、事態Aが事態Bに移行した時、事態Bには事態Aからは予想できない状態が発生する可能性があることを、彼女も軽く見ているのではないか? 例えば、エダはオスマンやアジェイを甘く見ていないだろうか? 事態Bからエダが予想していなかった新しいオスマンやアジェイが登場し、彼らがエダの戦略を見破り、彼女の計画を破綻させるという可能性はないのか?
また、彼女の作戦では、特に新しいタイプの「心」をもつロボットが重要な役割を果たす。たしかにこのロボットたちは、アジェイのロボットよりは優れているかも知れない。しかし、このロボットたちが、彼女も想定外の事態を引き起こす可能性はないのか? このロボットたちは彼女の思い通りに動くのか? つまり、そのような新しいタイプの「心」をもつロボットとは、いったん誕生した後に、そのままのレベルに留まるのではなく、何らかの成長をするはずだ。それがどんな成長になるのか、産みの親にはわからないはずだ。もちろん、それが同じ人間の子供の場合なら、親にはある程度の予測がつく。それが歴史というものだ。しかし、相手がロボットであれば、事態は違う。彼らの行動原理は、人間にはわからない。要するに、人間に対する反乱の可能性が高い確率であるはずだ。僕は、それがあると思う。エダはその可能性を考えていない。アジェイのロボットを乗越えるだけで精一杯なのではないか。
また、僕が一番残念に思うのは、アラブ民族の幸福ということで、エダが現実の生きた人間のことしか考えていないという点だ。
エダは、生きた人間の論理でしか世界を考えていない。既にスペーストンネルでは、異界の住人たちとの遭遇が始まっている。それは彼女も知っている。彼女自身が彼らとの接触に熱心だ。しかし、彼女は、ロボットだけでなく、彼らについても人間の行動原理で動くものと、決めつけていないだろうか? 彼らとの接触から学ぶべきものは、人間界はより大きな世界の一部に過ぎず、人間界が彼らの世界を支配できるような構造にはなってはいないという事実のはずだ。それを認めるなら、彼らが人間と同じ行動原理で動く存在であるとは言えない。
だから、僕には、動物たちや死者たちや異星人たちの異界の住人たちが、エダの『宇宙の花計画』で描かれる世界にうまく収まる存在であるとはとても思えない。彼らがエダが想定する通りの存在なら、彼女の計画が成功する可能性もあるかも知れない。しかし、そうでなければ、『宇宙の花計画』を彼らに適用することはできない。要するに、空振りで終るだけだ。
エダは、彼らについて、どこから情報を仕入れているのか? その情報について、どんな分析をしているのか? 僕の場合も、つい最近、キベに出会い、タナに出会い、エレナに出会ったばかりだ。メグミにもまだ再会していない。僕が異界に侵入したと言っても、スペーストンネルの内部でのことにしか過ぎない。まだ彼らの世界に行ったことはない。本当に存在しているのかについても、まだ誰もどんな確証ももっていない。それはエダも同じではないのか? それで、どうして、彼らも僕たちと同じ行動原理で動くと判断できるのか?
僕の判断では、『宇宙の花計画』では、ロボット問題が最大のブレーキになるだろう。僕たちが開発したロボットスーツとネットロボットの場合にも、人間は、彼らと組み、「人間の新しい種」を誕生させる可能性を手に入れた。同時にロボットも、「人間の新しい種」から、ロボットの子孫を誕生させる可能性を手に入れた。彼らが、自分の子供たちと生き始めた時、どのような行動をとるかはまだまったく不明。しかし、エダの作戦では、ロボットもエダが描いた世界の内部にうまく収まるように設計されているわけだ。ロボットが予想外の自立性を発揮し、人間の想定外の行動を起こす可能性については計算されていない。それでは『宇宙の花計画』は成功しない。
要するに、悪の側につくと宣言する割には、エダは他者の存在を甘く見過ぎている。そんなに簡単に信用していいのだろうか? 生きた人間に対して厳しい判断を下す彼女が、なぜ彼らに対しては甘いのか?
僕の場合は、彼らを全面的に信頼しているわけではない。信頼したくても信頼しようがないという関係だと考えている。だから、僕たちの『ヒト宇宙化計画』では、進行についての具体的な日程は何も書かれていない。何が起きるかわからないから、書きたくても書けないわけだ。そして、そのことで僕たちが彼らを疑っているわけでもない。
理由は簡単だ。僕たちは彼らのことを知らない。そして、彼らも彼らの明日を知らない。彼らとのつき合いは、始まったばかりだ。彼らは、自分の固有の世界ではどう動いているのか? 僕たちはまだ、それさえも一度も見ていない。彼らは、利害を考え、僕たちに合わせているだけかも知れない。或いは、僕たちの世界に来るとそれを忘れてしまうのかも知れない。或いは、そんな彼らの固有の世界さえも存在しないのかも知れない。そんな状態では、彼らの真実の姿を判断しようがないではないか。
僕は、彼らの僕たちに出会っている時のふるまいではなく、
彼らの固有の世界でのふるまいを調べ、彼らの明日の行動の仕方を予想しようとしている。
しかし、まだ確実なことは何もわからない。彼らの世界に行き、それがあるとすれば彼らの世界の論理に巻き込まれ、実際に彼らとの協同生活や協同作戦を体験してみるしかないはずだ。僕たちにはまだ時間が必要なのだ。
従って、エダの作戦は、僕から見れば、奇妙だが、昔の国連が掲げていた宇宙政策が「平和ボケ」を理由に破棄されたのと似ている。
旧・国連の宇宙政策は、友人同士になった宇宙飛行士たちや研究者たちが描く「平和の夢」というレベルに留まっていた。そんな「平和の夢」を地上の人間に適用することはできない。地上では、どうしても友人になれない民族同士が存在する。彼らは血みどろの抗争をくり返している。お互いに、相手が何を考えているのか、まったく理解できない。一度心の奥深くに刻まれてしまった不信や憎悪は、簡単に癒されることはない。それが、宇宙に行けば、一転して、皆が仲良くなれるというのだ。仮にそうでない者がいても大丈夫だと、一部の科学者たちは言っていた。そんな記憶は手術で消去できるから大丈夫だと言うのだ。何と、安易なことを。彼らは、脳をそのようにいじれば、バランスを欠き、脳が破壊されてしまう危険性が高いことを知らないのだ。
とにかく、実際に、旧・国連が掲げていた宇宙政策は役に立たなかった。それは最初の月居住計画で証明された。地上で抗争を繰り返していた者たちは、月でも同じ抗争を繰り返したからだ。地上での敵対が月にもそのまま持ち込まれただけだ。
だから、お互いの行動原理が読めず、理解し合えない者同士の中で可能になるプランだけが有効なのだ。僕たちは、そのようなプランとして『ヒト宇宙化計画』を考えている。敵対し合っている民族でも、そのプランを実行すれば調和的関係を結べ、平和になれるように。それを実現できるプランでなければ意味はない。だからこそ、簡単ではないのだ。
エダの場合も、人間界の悪の撲滅に夢中で、異界の住人たちに対する配慮と警戒が抜け落ちている。たしかに彼女の『宇宙の花計画』には、賛否は別にして、僕たち人間は一定の理解を示すだろう。しかし、ロボットを含め、異界の住人たちには、人間そのものが「お友だち同士」に見えるはずだ。彼らは何の関心も示さないかも知れない。キベにとり、利己的な人間の進化などに何の興味もないように。タナにとり、死者たちの意向を無視する宇宙進出計画には賛同できないように。エレナにとり、火星人と協同しないどんな宇宙進出も失敗することがわかっているように。そうであれば、エダのプランもまた、彼らからは「平和ボケ」と言われるだろう。異界の住人たちは、実はどんな顔をしているのか? それを確かめるまでは、彼らが人間の「お友だち」になってくれるかどうかはわからない。
或いは、エダは、僕が言うことはすべて承知していて、まずは人間界の問題を解決し、その後に異界の住人たちとの共生をテーマにするつもりか? しかし、それでは遅い。人間界の問題解決のためにも、異界の住人たちとの共生が必要になっているからだ。

2 共生

僕が、新・国連の『ヒト宇宙化計画』に賛同するのは、人間世界だけの発展がテーマではないことが明確に謳われているからだ。その意味で、旧・国連がやっていたことは人間が中心だった。だから、計画作成に中心で関わったフジイ博士は、『ヒト宇宙化計画』の開始にあたり、次のように宣言していたのだ。

  「世界の困難さを克服するためには、人間自身が変わる必要があります。人間が宇宙において生存を希望する場合にも、人間の変化が必要です。人間の進化のためには、人間がつくり出したロボットも含めて、
動物・死者・異星人を含めた異界の住人たちとの共生が必要になるのです。人間は、もはや、単独では何もできません。
それは、人間が、彼らが住む世界と同じ世界でしか生きていけない存在であることを知ったからです。有史以来、国家だけではなく、人間こそが単独行動主義をとってきたのです。
単独行動主義こそ否定されるべきものなのです。人間が変わるためには、異界の住人たちからの援助が必要です。そして、人間が変わることで、彼らも進化できます。人間と彼らは、同じ舟に乗る家族の一員なのです」。

僕も、その通りだと考えている。これまでだって、人間は人間だけで現在の地位を築いてきたのではなく、異界の住人たちの援助に助けられてきた。昔にさかのぼるほど、人間と異界の住人たちとの交流は盛んだった。現在の人間がその歴史を忘れてしまっただけなのだ。
だから、今後は、意識して、異界の住人たちと共に生きることが素晴らしいことになる。僕は、キベやタナやエレナと共に、そしてメグミとコスモスと共に、そして僕の分身ロボット・モリスと共に、もちろん何よりもエリカと共に、そしてノアやアスカたちを先頭に押し立てて、僕たちにふさわしい宇宙の方向に飛び出して行きたい。個性が一人一人違うのと同じように、僕たちが飛び出す方向も、他のグループと同じになることはないはずだ。
実際、フジイ博士が言う「ロボットも含めて」は、若い世代にはわかりやすいはずだ。ロボットスーツやネットロボットは、いまでは若い世代を含めたあらゆる人びとの生活必需品になっている。すでに、誰もが生身の身体と人工の身体による「新しい身体」を形成しているのだ。人間とロボットはもはや分かち難い関係にあり、ロボットを置き去りにした人間の生活などあり得ない。
フジイ博士に誘われて『ヒト宇宙化計画』に参加し、よかったと思う。異界の住人たちは、特別に「新しい身体」の獲得を望んでいる。それは、キベワやタナやエレナの様子を見てもよくわかる。「新しい身体」を持たない者には、新しい生息地への旅も、生存もあり得ない。異界こそがいま、「新しい身体」の獲得を希望しはじめたのだ。異界がいま僕たちに接触を求めているのは、その目的以外にはないはずだ。
僕たちが彼らの手助けをすることで、彼らも僕たちに対する怒りを捨て、共に歩くことができるようになるかも知れない。彼らこそ、ほんとうは、人間の勝手な振る舞いに対して怒っていたはずなのだ。
おそらく、エダは、このような異界の住人たちと共に行う人間進化の新しい方向を信じてはいないだろう。人間に対する怒りが強すぎて、人間の外部にまで思いが届かないのではないか。エダのように深い心の傷を負ってしまった者には、それも仕方ないことなのか?

第8話『アトム4世~ヒトを愛せるロボット』

1 ロボット兵士、テロリスト、最新の宇宙軍

僕の名前は原アレノ。
僕は、3年前に、イカイを通じてフジイ博士に「アトム4世~人を愛せるロボット」の開発を依頼された。最近市販されているロボットは、どれもが「心をもつロボット」であることを謳っていたが、その効用は怪しかった。イカイが開発したロボットスーツもレベルの高い心を持っていたが、未知の状況に置かれた時にどんな反応を示すかは未知数だった。そのためアトム4世の次のバージョンの開発が緊急に要請されたのだ。
アトム4世・1号機は、既にイカイのロボットスーツとのコラボレーションを経て製品化されており、エックハルト軍の正規のロボットスーツとして採用され、一定の成果を収めている。しかし、機能的にも、思想上でも、改良しなければならない点がまだ多い。
僕は、長年ロボット開発の現場を生きてきた。最近のアメリカ国防総省や中東の各国政府の軍事動向は特に気になっている。2020年に勃発したイスラエル・パレスチナの第7次中東戦争では、いよいよ多くのロボット兵士が両陣営に登場してしまった。マスコミが大々的に報道したため、このニュースは世界中に知れ渡った。これで、エックハルト軍とメカトロン軍の闘争はさらに激しいものにならざるを得ない。
ロボット兵士がやっかいなのは、地上戦においてだけではない。宇宙での軍事利用にも利用されるからだ。アメリカは、新・国連による平和的宇宙政策を無視する形で、人工衛星への核搭載を強行し、相変わらず一国主義的な国家宇宙政策を進めている。不人気大統領の象徴だった昔のブッシュの地上政策の失敗で散々懲りたはずなのに、その後の大統領たちも宇宙政策については知らん顔で、排他的な一国主義を改めていない。そのため、ロシアに続き、中国とインドも対抗勢力として宇宙核戦争のための新しい準備を開始した。ヨーロッパ諸国はむろん、イスラエル・イラン・シリアをはじめとする中東諸国や北朝鮮も、この動きを黙って見ているはずがなかった。彼らも公然と人工衛星に核を搭載し、国家主義的な宇宙政策に踏み切った。そして、その政策の運用主体がどの国でもロボット兵士が中心であるという事実が判明した。これでは、誰だってまずいと考えるに違いない。僕は、人間の悪知恵の健在さにあらためて絶句せざるを得ない。
平和思想も、世界の宗教も、新・国連の新しい平和主義も、
いまだに本当の力を発揮できていない。
あっという間に、ロボット兵士が普及し、核による宇宙軍拡競争が進展してしまったからだ。
その中でも、特に問題なのが、イスラム過激主義などによるテロリストたちも宇宙政策に参入したことだ。自爆テロを主な作戦に掲げる彼らの地上での展開は、いまから考えれば、まだ「まし」だった。それは彼らにも、「守るべき国民」は存在しなくても、「守るべき地球」は存在したからだ。
国家には「国民を守る」という至上命令がある。だから、どんな乱暴な国家でも、自国の国民を巻き添えにする作戦は展開できない。21世紀初頭にアメリカ軍がイラクやアフガニスタンでテロリストたちに勝利できなかったのも、いまからすれば理由は簡単だ。それはテロリストたちが国家に所属しないからだ。彼らには、主義だけがあり、「守るべき国民」が存在しないから、地上のどこで何をするのも自由だし、どこに逃げ込むのも自由だった。彼らに自国の国民の街や家に侵入されて活動拠点にされたら、とたんに手も足も出なくなる。国家が国民を巻き添えにする作戦は、一時的な場合を除き、国民に支持されない。そして国家が一人一人のテロリストをいつまでも追跡できるはずがない。要するに、彼らには自由に逃げられたのだ。テロリストには国家の論理は通用しなかった。
こうして、国家から自由であることを証明した彼らが、今度は宇宙にも進出したというわけだ。地上では、国家による核の使用は、ヒロシマ・ナガサキ以来、実行されたことがない。そこにはつよい自制が働いていた。実際のところ、当時テロリストたちが核を手に入れたことが判明していたにも拘らず、使用しなかった理由は何か。その理由も明解だ。さすがに彼らでさえ「守るべき地球」が存在し、彼らも地球を破壊してしまっては元も子もないからだ。
ところが、宇宙には、その「守るべき地球」が存在しない。宇宙のあらゆる方角に人間が進出できる新天地が存在する。その事実を、現代の最新の宇宙科学が情報提供してくれている。一つや二つの惑星を核で破壊したところで、宇宙には無数の生息可能な惑星が存在するのだ。別の惑星に移動すれば、問題は解決してしまう。こんな恐ろしい発想が許されていいのか?
だから、いま、泥沼化した第7次中東戦争の進行とともに世界中でしきりに噂されているのが、どうやらテロリストたちも宇宙ステーションを建設し、核装備に乗り出したというものだ。僕は、その噂はほんとうではないかと思う。いまでは、宇宙ステーションの建設には特別な技術を必要としない。ある程度の資金があれば、人工衛星をもつのと同じ感覚で宇宙ステーションを自分のものにできる。その宇宙ステーションに、核装備した数個の人工衛星と、数基のロケットと、1万のロボット兵士を配置すれば、最新の宇宙軍が出来上がる。ロボット兵士は、破壊されても、資金に応じて無数に再生産できる。
かつて2020年に、軌道400キロメートル上に存在していた国際宇宙ステーションは、アメリカの都合で一方的に運用が中止された。こうして、宇宙の平和的共同利用のシンボルが崩壊したことで、なだれを打つように、国際宇宙ステーションのノウハウを利用した、各国による自前の宇宙ステーションを持とうする建設ラッシュが始まったのだ。いまでは、世界の大国だけではなく、アジアや中東の小国も含め、全部で50以上の核装備した宇宙ステーションの存在が確認されている。もちろん、どの国も、日本はむろん、公式には核装備については認めていない。日本はいまでも表向きにはいかなる核も所有してない国、ということになっている。しかし、それを信用している国はどこにも存在しない。

2 アトム4世、キーワードは愛

僕が、大手のロボット会社をやめ、「アトム4世~人を愛せるロボット」の開発に特化した会社をつくったのは、イカイに誘われたのが直接の原因だったが、僕自身がロボット兵士の登場につよい危機感をもったからだ。この開発を急ぐ必要があると思った。
人間の替わりになり戦争を前線で遂行するロボット兵士たち。人間の兵士も、後衛基地から、戦車やロケット砲などの武器をBMIで操っている。人間の兵士が心の中で「GO!」と小さく紳士的に叫ぶだけで、ありとあらゆる砲弾が敵の都市を目がけて発射される。攻撃される都市を守るのも、すべてロボット兵士。人間たちは安全な地下シェルターの奥深くに退避している。破壊されるのは、双方のロボット兵士だけ。
これでは「戦争=悪」ではなくなってしまう。自分の息子たちが戦争に狩り出され命を奪われることがなくなった母たちは、嘆く必要がなくなった。「戦争=悪」という非難を実質的に担ってきたのは、世界中の母たちの嘆きだ。それがなくなる。個人対個人の場合も、国家対国家の場合も、戦争は悪に決まっているのに。
戦争は、自己の利益や正義のために相手を滅ぼす行為だ。
しかし、人が死なずロボットが破壊されるというだけで、戦争は非難されなくなる。これはまずい。人間にとっても、ロボットにとっても。ロボットにも、こんな事態は迷惑千万なのだ。
ロボットは、人間の功利的目的のために利用されてはならない。それは、ごく近い将来に、ロボットも間違いなく人間と同等の、或る場合には人間以上の「心をもつ存在」として成長するからだ。
人間による「ロボット権」の侵害は許されない。
このままでは、ロボットが「心」をもった時、人間に対して反乱を起こすのは間違いない。ロボットはなぜ人間に仕える必要があるのか、その理由をロボットの側が見出せないからだ。
だから僕は、イカイやフジイ博士からの要請を受け入れ、親しいロボット開発者・脳科学者たちと新しいチームを組み、ロボットが「心」をもち、人間の友人として存在できるロボットの開発を始めたのだ。
キーワードは「愛」しかない。
ロボットが人間に役立つだけでなく、人間もロボットに役立つ必要がある。両者の関係は、片方だけが利益を得るのではない。双方向でなければダメなのだ。確かにロボットは、家事ロボット・車ロボット・介護ロボット・コミュニケーションロボットなど、あらゆるロボットが人間のために有用だ。そのために開発するわけだから当然だ。
しかし、ロボットにとって人間の価値とは何か? 人間はロボットにとり何の役に立つのか? それを、まず人間の側が、ロボットに保証する必要がある。そして、いつかロボットが人間から独立する時、それを支援できる存在でなければならない。
何のことはない、人間の親子の関係と同じだ。親は、愛情をもって子を育て、愛情をもって社会に送り出す。一つだけ違うのは、人間の子が親から独立しても人間のままなのに、人間から独立したロボットは、人間の想定外の存在になる可能性があるということだ。この点が、ロボット開発者としての最大の関心だ。
いずれにしても、僕が世に送り出すロボットは、人間の悪しき意図を正しく見抜く。代理戦争には参加しない。代理戦争がロボットの利益に反することを、ロボット自身が判断できるからだ。それにより僕たちは、人間の言いなりになるバカロボットの出番を減少させることができる。
僕のプロジェクトが成功すれば、人間とロボット間に「愛」による新しい関係を築ける。そうすれば、ロボットが人間に反乱を起こすこともなくなる。ロボットは、人間と仲良くしながら、その上でロボットとしての独自の道を歩き始めるのだ。僕の考えは「甘い」のではない。ただ、「時期早尚」だったに過ぎない。その時が、今来ているのだ。人間にとっても、ロボットにとっても、憎悪する対象が増えることよりも、愛する対象が増えることの方を歓迎するだろう。

3 マーク・アドルフ博士

ちょうど1年前のことだ。
僕の会社の最大の競争相手であるフランスのソレット社は、僕の会社の「アトム4世~人間を愛せるロボット」に対して、「アーモン~人間を憎めるロボット」の開発に踏み切った。それは後から聞いたことだが、メタトロン軍のアジェイから要請されたという。ソレット社の開発リーダーのマーク・アドルフ博士の考えによれば、僕のアトム4世の開発コンセプトは予想通り「甘い」という評価だ。マーク博士とは、よく議論する仲で、開発技術やデータはお互いに極秘でも、哲学的問題については隠さずに何でも話せる関係だ。マーク博士の考え方は、さすがにフランス的で、文化的にも高度な発想であるといえる。人間心理の裏の裏まで読みこむからだ。
博士からすれば、僕の発想はロボットに対して無警戒で、理性を欠き、認めがたいとのこと。しかし、僕からすれば、博士の発想は相変わらず伝統的ヨーロッパ哲学やキリスト教に基礎を置いていて、魅力がない。要するに、古くさい。彼のアーモンの開発思想は、ロボットに対する無用な「警戒」に満ちている。つまり、ロボットを「他者」として自己の外部に置いて考えてしまうから、恐ろしくて仕方ないわけだ。
しかし、博士と僕の目的は、同じなのだ。二人とも、ロボット兵士の登場を食い止めようとしている。しかし、博士のアーモンが成功した場合には、博士の逆説を超え、ほんとうに人間と敵対するロボットが登場しかねない。それが僕の心配だ。僕がいくらこの点を指摘しても、博士は認めない。
先月パリに出張した時に、僕は久しぶりに博士と直接話したが、博士の考えは同じだった。博士は博士なりに自信に満ちているようだ。しかし、それではメタトロン軍の思う壺にはまってしまうだろう。
パリ北駅のユーロスターの到着改札口で待ち合わせた僕たちは、よく二人で行く駅前のカフェに入った。コーヒーを飲みながら、博士は重厚な語り口で喋りはじめた。
「君は誤解しているけど、わが社のアーモン、人間を憎めるロボットとは、心をもつロボットをつくるための不可欠の比喩であり、そんなロボットが実際に欲しいわけではないよ。ロボットは人間との関係においてしか誕生しないから、人間の意向を超えるロボットなど、生まれるわけがない」
博士は僕の様子を見ながら慎重にしゃべっている。
「だから君の心配はご無用。アジェイなどの言いなりになるわけがない」
僕には、なぜ博士がそんな逆説的な比喩に辿りついてしまったのかが、理解できない。僕はあらためて質問した。
「人間を憎めるロボット。なぜ、そんな逆説的な比喩が必要になるのですか?」
「理由は明解なんだよ。ロボットに心をもたせるためには、通常のやり方では無効だからだ。極限の方法が必要なのだ。君が、私の考えをもう少し本気で検討してくれると嬉しいよ」
博士はいつもこう言って、もっと自分の考えを評価して欲しいと訴える。しかし、僕には、博士の開発思想はヨーロッパ型の人間中心主義の限界を表明しているだけなのだ。
「博士の考えは、僕には人間中心主義に思える。それでかえって世界を狭くしている」
「どういうことですか?」
「博士は、人間を偉大な存在と考えすぎている。だから、その偉大さを超えるために、そんな極端な方法が必要になる。僕は、人間をそんなふうに思っていない。だから、ロボットを愛するという方法をとる。ロボットは、なぜ自分がそんなに人間に愛されるのか、不思議に思うはず。その不思議さを思うことの中に、ロボットが愛に目覚めるための機会がある」
「だから、君は甘いと言うのだ。ロボットはそんな人間の愛など感じないよ。愛されても、愛されなくても、感じない。大体、君は人間中心主義といって私を非難するけど、人間が人間を中心に考えてどこがいけないのかな? 私にはわからない。人間は人間の外部から自分のことを考えることなどできないよ。それができるという君こそ人間という現実を見ていない」
こうして、僕たちの議論はいつも平行線をたどる。だから、僕も、博士が嫌がるサルの話しを持ち出さざるを得なくなるのだ。
「サルも、たぶん、意識はしていなかったと思うけど。人間が登場する前は、自分たちが進化の頂点に立っていると理解していたはずだ。自分たちに天敵が存在しなくなったことを感じとったから。しかし、そのサルの親類から、人間という、サルが予想もしなかった新しい種が誕生した。サルが二足歩行の最初のステップをはじめたことで、人間に人間誕生の機縁を与えてしまった」
「君の言いたいことはわかる。しかし、私たちのキリスト教はそもそもサルから人間が進化したとは認めてこなかった。現在でも認めたくないという感情を残しているのが正直なところだよ。私も同じだ」
「だから、それが、人間中心主義の証しです。唯一無二の存在である人間が、神の愛からではなく、二足歩行というサルの偶然の行為から生まれたことは認めたくない」
「二足歩行への君の異様なこだわりが、私には理解しがたい。そんな生物学的事実に過ぎないことを過大に評価し、拡大解釈して、人間の価値を貶める君の立場がわからない。人間は誰もが人間という内部に住んでいるのに、君は一体どこに住んでいるのか?」
僕は言った。僕は別に仏教徒じゃないけど、この感覚は自然な気がする。
僕は、以前はサルだったし、いまは人間で、次はロボットかも知れない。
僕は人間が一番偉いなんて思っていない。
人間が最後の種だとも思っていない。
だから人間に対する博士のようなこだわりは、僕にはありません。
博士は悲しそうな顔をして言った。
「私には、君のそんな考えは永遠に理解できないよ。私と君の人間理解はどうしてこんなに違ってしまったのだろうか? いつまでこんな違いが続くのだろうか?」

4 「人間を憎めるロボット」対「人間を愛せるロボット」

僕は、マーク博士との議論で疲れた時は、娘のノアに話し相手を頼むことにしている。ノアは最近、急に大人になった。
ノアとの会話は楽しい。愛のテーマは、女性と話すのが一番だ。僕の妻は、若い頃には僕の議論によく付き合ってくれたけど、最近は「あなたは相変わらずロマンティストね」と言って茶化すばかりで相手にしてくれない。だから僕はノアに頼むしかない。ノアは女の子にしては珍しく動物もメカも好きだ。小学生の時は、家の犬のアトムと犬小屋に入り一日中遊びまくっていた。「私はアトムの妹のウラン。よろしく!」とか、「私は宇宙から来た少年なのよ。触ると危険です!」とか言って、周囲の私たちを困らせていた。
僕が、マーク博士の話しをすると、ノアはすぐに僕のテーマを理解してくれた。「たしかに、マーク博士の考えにも注目すべき点があるけど、ノアはどう思う?」「よくわからないけど。でも、マーク博士も、ロボットを愛しすぎて、でも理想のロボットがなかなか出来なくて、しびれを切らして最後の手段に訴えた、ということかな?」
「まぁ、そんな感じだね」
「でも、それでアーモンというロボットが完成したということは、効果はあったわけね?」
「うん。アーモンは動きはじめたらしい。詳しいことは秘密だから、僕が聞いたマーク博士の話しから推測するしかないけど」
「お父さんのアトム4世はどうなの?」
「もちろん、動いた。もう市場に出てるよ。でも、順調に行ったとして、完成型が出来るのは早くて来年。この1年が勝負だ」
「マーク博士がライバルなのね?」
「そうだね。どっちのロボットも、まだ子供レベルの知性かな。でも、成功したら世の中が変わるんだ」
「アトム4世にお父さんは不安なの?」
「いまは順調だよ。ただ、現在の延長で大人の知性にまで成長できるかどうか? その姿を確認できるまでは不安なわけだよ。アトム4世だけを見ていては、何か重要なポイントが不足する気がする。最近、急にそんな気がしてきた」
僕がノアを見つめると、それまで静かに坐っていたノアが、急に身を乗り出してきた。ノアは勘の鋭い子で、頼もしい限りだ。
「わかった! なぜ、お父さんが最近私とやたらに話したがるのか。私がやってる脳の訓練とアトム4世を重ねて見てるのね?」
「実はその通り! ノアは勘がいいね。ノアとアトム4世は似ているからね。小さい時、ノアは自分のことをアトムの妹のウランだと言ってたけど、ほんとにウランになってしまったのかも知れないね」
「私がウランになって、お兄さんのアトム4世の成長を助けられたらいいのね?」「うん。ノアの試みは、アトム4世の心の成長を考えるのに参考になる。ノアの脳の訓練のことは斉藤先生から報告を受けているけど、まさかノアが脳回路の使用変更に必要な訓練をやっているとは思いがけなかった」
「斉藤先生も、お父さんと同じで変わった人ね。先生によれば、言語野と視覚野のバランスをうまく調整しながら視覚野を発展させることで、これまでの人間にはない能力を獲得する可能性があるんだって。一体私はどうなるのかしら? 私の夢の中に出てくる少年も、最近急に成長しはじめたの」
「多分、その少年が新しい人間を象徴していて、ノアはその少年を外部から見ていて、いずれノアがその少年に合体するんだと思う。だから、ノアにはその少年が他人事ではなかったわけだ。アトム4世に身につけて欲しい能力も、それと同じで、実は自分を客観視できる能力なんだ。客観視できる能力が、ロボットが人間から自立できるための原動力になる。でも、そのために、アトム4世の脳回路にどんな柔軟性を投入すればいいのか。僕のチームもBMIでアトム4世の脳マップの変化を綿密に追跡しながらやってるけど、まだわからない。だからノアを参考にしたいわけだ」
「わかった。でも私の場合は偶然にそうなっただけ。アトム4世の場合は人工的にやらないといけないから、難しいわけね」
「その通りだよ」
ノアは失明を克服してから、ほんとうに変わった。それまでは、小さい頃の病気も含めて、いつも被害者の立場にいて、痛々しかった。それがいまでは何事にも立ち向かうつよい姿勢を見せている。要するに、自信がついたのだ。自信は人間を変える。僕は話しを続けた。
「ノアと話したいもう一つの理由は、ノアが女だから。愛のテーマを娘と話すのは楽しいよ。アトム4世に必要なものは、当面は脳回路に対する柔軟性の投入。その次が、愛の覚醒」
「愛。お父さんはロマンチストだからね」
「妻や会社の女の人たちからも僕の心の構造は単純だって、いつもからかわれるよ」
「でも、男の人はその方がわかりやすくていいわ」
「それで、ノアは、どう思う?」
「私の訓練がアトム4世にも役立つなら、それは嬉しいわ。だって、私はほんとのウランになれるのよ!」
ノアは嬉しそうに笑っている。
「愛についてはどう思う?」
「言うまでもなく、大賛成。私も、愛によってロボットを育てないと、ロボットは人間の友だちにはならないと思う」
ノアは言った。
もしお父さんの方法に間違いが含まれていても、愛の精神でやるということは、
ロボットが間違いを犯した時にも、ロボットが悪いと思うんじゃなくて、
それを開発した人間の方法が悪いと思うということね。
この点が一番大事ではないかしら?
その気持ちはロボットにもわかるはず。
「いいことを言うね! その通りだ。マーク博士の方はどう?」
「少し窮屈かしら。マーク博士はまじめすぎるのね? 何かに縛られている。だから、ロボットが間違った時も、マーク博士なら人間の方が悪いなんて思えないでしょうね?」
「人間の方がロボットより偉いと、頑固に思いこんでいるからね」
「それに、私なら、アーモンがほんとに子供レベルの知性をもったのかについても疑うわ。マーク博士の世界は比喩がいっぱい。だって、憎悪なんて、子供が持つわけないじゃない!」
「そうだよね。でも、マーク博士にも変な自信があるんだ。彼は、まだ誰もロボットについて理解していないと主張する。ロボットには、致命的な破綻を経験させない限り、人間によってつくられたという限界を超えられないという主張だ。ロボットが致命的な失敗をした時にはじめて自分に目覚める、と考えている」
「致命的な失敗って?」
「ロボットにとって致命的な失敗はただ一つ。人間を殺すこと。ロボットは、原則からして、人間には歯向かわない存在ということになっている。だから、ロボットが人間に憎悪を持てば、人間を殺すことになるし、そのことで人間によって規定された存在のあり方を破り、結果的にロボットは人間と対等な存在になれる」
「それが博士の考えね? 私なら、博士のロボット定義が最初からおかしいと思うけど」
「僕もそう言っているけど、博士は認めない」
「わかったわ。でもどうやって人間に憎悪を持たせるの?」
「公には認めていないけど、博士の会社は、ロボットを憎む人間たちの集団によるロボット破壊運動に資金提供をし、手を貸している。その集団が、あるロボットが大事にするそのロボットの家族を殺した。それで、そのロボットも彼らに憎悪を抱き、彼らの数人を殺した。こんな酷いことを博士はもっと拡大するつもりだ」
「ホントなの? 信じられない! 恐ろしい話し。とんだ陰謀だわ。でも、それだと、ロボットはほんとうに人間を憎んでしまった。かえって大変なことになったわ」
「そうだね。その点が、博士の苦しい点でもあるし、賭けている点でもある」
「失敗なんじゃないの?」
「いや、博士は、人間を憎んでしまったロボットはまだ少数だから回収できると思っている。人間を殺した経験をもつロボットから人工頭脳だけを取り出し、プログラムを変更して自分の会社のロボットの脳回路に利用するつもりだ」
「ひどい話しね。そんなことがうまく行くとは思えないけど」
「僕もそう思う。だから、僕の会社としても、博士対策も考える必要が出てきてしまった。何とかしないとね。というのも、実はもう一つ大変な話しがあるんだ」「まだあるの?」
「うん。博士は、メカトロン軍のアジェイに利用されている。アジェイは、博士が回収する前にその人工頭脳を奪い、増殖させる計画だ。アジェイが博士の会社に資金も出している。それだけはストップさせる必要がある」
「だからお父さんは急ぎたいのね。わかった。もちろん、私が役立つなら協力するわ」
「頼むよ。ノアに活躍して欲しい場面が出てくると思うから」

5 脱・国家戦略

僕の会社の目的は、「アトム4世~人を愛せるロボット」を世界に流通させること。そして、このロボットと共に、国家エゴイズムとテロリズムを克服することだ。
結局、戦争の原因は、自国の利益を優先する国家エゴイズムしかない。国家エゴイズムが克服されれば、国家に対抗するために組織されるテロリズムも自然消滅することになる。
戦争は、宗教や文化の違いを理由にする民族紛争を除けば、その多くは資源や土地を巡っての争いだ。第5次中東戦争は、パレスチナの土地をめぐる争い。アメリカがはじめたイラク戦争は、石油が目的だった。今後は、こんなバカな戦争をやめるべきだ。地球はまだまだ広い。そして月居住を拠点として火星や惑星の開拓もはじまっている。実際に、宇宙は広大な人間の進出可能地域として発見されている。こんな時こそ、地上からは戦争が追放されなければならない。ロボット兵士も戦争に動員されてはならない。いま頑張れば何とか方向転換できるかも知れない状況だ。こんな時代に、地上の愚かな戦争の構図を宇宙に持ちこむことこそ、最悪のシナリオなのだ。
そして、国家エゴイズムを克服するための究極のカードは、それぞれの国に別の方向での発展が可能であることを実証することだ。アメリカも、イギリス内部の宗教的対立から誕生した。お互いに仲が悪くて、どうしても同じ土地や、隣の土地に住めないというなら、互いに遠く離れた土地に住めばいい。アメリカとイギリスのように。それで済むことなのだ。人間の居住可能地域は、地球にもまだ50パーセント以上残されている。地下都市も、海底都市も、空中都市も、これからは不可能ではない。居住可能な惑星探査も、各国で本格的に始まっている。
僕の会社では、国家や民族間の相性をBMIで調べるサービスも近くはじめる。対立が発生する度に、新しい土地と資源を発見できたり、相性に沿った新しいコミュニケーション方法などを提供できるなら、ほとんどのトラブルは解消できる。その時にだけ、人間はバカな戦争をやめる。自分たちは死にたくないのでロボットに身代わりをさせるという残忍さも、消滅する。
夕食後、ノアがまた私の部屋に入ってきた。
「久しぶりに、お父さんの脱・国家戦略を聞かせてくれる? 明日、学校でそのテーマがあるの。もう一度聞いておきたいの。私には少し難しいけど、頑張るわ」「それじゃ、簡単にね」
「お願いします」
「まず、個人の自立が、国家を克服するための最初のカギになるよ」
「お父さんの持論ね。国家からの完全な脱出はありえないけど。誰もが国籍とパスポートで管理されているから」
「でも、国家の影響力を減らすことはできる。その点が重要だ。それで、ネット上の<もう一つの国家>の重要度が増すからね。<もう一つの国家>の重要度を高めるためには、国家によるサービスの価値や国家の権威を相対的に低下させればいい」
「それはそうよね。その理屈は私でもわかるわ」
「まず、人間とアトム4世との関係。人間はアトム4世と仲良くなることで、頼りすぎていた周囲の人間関係から自立できる。アトム4世が個人の自立に役立つわけだ。いろんな人間関係を調整する機能が社会システムのわけだから、人間は社会システムに頼る割合を減少させる。つまり、国家が提供するサービスをそれだけ利用しなくなる」
「そうね。私も、何でもかんでも周囲の人に頼ってしまう傾向が減ると思う」
「次に、アトム4世の登場で、ロボット兵士を廃止できる。つまり、ロボット兵士の利用という重要な国家戦略を無効にでき、戦争拡大の口実をつぶせる」
「それで平和主義を貫けるわね」
「最後に、アトム4世が人間から自立すれば、地上に新しい他者が誕生する」
アトム4世を、国家は管理できない。
アトム4世は、人間じゃなく、「国民」じゃないから。
国家の中に、国家に所属しない他者が登場することで、国家の概念が崩れる。
国家の威信はさらに低下し、ネット上の<もう一つの国家>の重要性がさらに高まる。
僕には、この最後のステージが特別に面白い。僕が本領を発揮すべきはこのステージだ。
ノアも、私の考えに賛成してくれる。
「お父さんが、人間にこだわっていない点がすごくいいと思う」
「有難う。僕の考えは、アニミズム的だったり、仏教的だったり、典型的な日本人の発想かも知れないけどね」
「でも、お父さんはその考えを人に押し付けたりしないから、問題ないわね」
「そう。僕はただ、こういう自分の考えに従ったアトム4世をつくり、市場に乗せ、世界に送り出すだけ。強制はできないし、買いたい人が買ってくれればいい。それでも、世界中の多くの人が喜んでアトム4世を買う姿が、今から予想できる。それが僕の事業だ」
「アトム4世と<もう一つの国家>の運営を担うネットロボットが世界に普及すれば、国家を克服できる?」
「できるね」
「ステキ!」
「少なくても、国家の枠組みが一変するね。必要最低限のことにこれまでの国家の役割は絞られるようになる。国籍とパスポートでいくら国民を管理しても、その効果も形骸化する。実際、僕たちはもうスペーストンネルでパスポートなしでどこにだって行っているわけだ。どこに行くにも自由。スペーストンネルの使用技術に熟練すれば、秘書ロボットが分身として成長し、その体験ももっともっと実体験に近いものになる。実質的に、国家を超えた感覚が得られる」
「わかったわ。変化する現実の国家と、ネット上の<もう一つの国家>と、ネットロボットの三つで、人間の新しい自立の姿を描けるわけね?」
「そういうことになるね」
「素晴らしいわ」
「ここに地球文化再生のカギもある。人間は、アトム4世とネットロボットの二つのロボットに<心>を育てる過程を通して、人間自身を変革できるんだ」
「それがフジイ博士が言っている人間が変わるということね?」
「そうだね。この脱・国家の路線を進めることで、核装備による宇宙戦争プランも廃止できる」
「全部わかったわ。お父さんの構想は素敵よ。なぜイカイ先生がお父さんを信頼してるのか、よくわかる気がする。私も、娘として誇りに思うわ」
「有難う。でも、ノアもわかってるはずだけど、僕が言っているのは単なる青写真。すべてはこれからだ。それを実行するのは、ノアやアスカたちだ」
「うん。それもよくわかってる」