スペースダンス・イン・ザ・ロボティックユニバース

情報社会・宇宙時代の新しいエンターテインメント

『スペースダンス・イン・ザ・ロボティックユニバース』
福原哲郎のスペースダンス公演

■批評
佐々木正人 
「ダンスは・・」
(東京大学大学院教育学研究科教授)

ダンスは宇宙と地上をつなぐ表現の探求で、最初の一歩を土方巽がやり、福原哲郎が第二歩をやっている」。

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■ミッション

情報社会・宇宙時代の新しいエンターテイメントとして、『スペースダンス・イン・ザ・ロボティックユニバース』(福原哲郎スペースダンス公演)を制作し、上演すします。

[“Pilot Performance” for “FLOWER SECRET”]
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■アートとは何か? デザインとは何か?

私たちは、日本人としての立場から、「アートとは何か、デザインとは何か」というテーマを問い、現代において可能な『新しい表現〜情報社会・宇宙時代の新しいエンターテイメント』を追求します。

日本では海外に注目された文化として江戸時代の能・歌舞伎・浮世絵があり、1970年代のファッション・舞踏があり、現在ではマンガ・ゲーム・アニメーション・コスプレなどがあります。しかし、それらに国際的価値ありとして認めるのは常に海外であり、日本ではありません。日本は、日本文化の世界市場における流通を確保するために、過去も現在も苦戦し、「海外からの逆輸入」に頼るという文化的矛盾を抱えています。

日本の文化創造力は現在も強く、しかし文化政策力と発信力は弱いです。 最近、アートマネージメントへの関心は高まっているものの、その主な関心はアートマネージメントに従事する者たちの社会的地位向上や収入獲得に留まっており、アーティストの地位向上や、アート自体の再構築にはまったく手が届いていません。多くのアーティストたちも何をしていいのかわからないまま、30代か40代でやめていきます。

若者文化と高齢者文化も大きく乖離しているのが現状です。年を取ることと死ぬことが極度に恐れられている日本の社会。これほど全体としての日本文化の貧しさを証明する事実もありません。若者文化では高齢者を排除し、20才を過ぎると「すでに若くなく」、高齢へのカウントダウンを自ら始めています。高齢者も若者を恐れ、自分たちだけのひ弱な世界に閉じこもっています。そして、訪れた「人生120才の超高齢社会」に対応できず中途半端に仕事を辞めてキャリアを発展できず、養護施設の中での孤独に喘いでいます。

このような文化的矛盾を克服し、日本独自の文化戦略を構築するためにはどうすればよいのでしょうか? そのためには、どのように年齢と死に対する恐怖を克服し、どのような技術と作品を開発し、批評と流通はどうあればよいのでしょうか?

私たちは、以上の課題を、『スペースダンス・イン・ザ・ロボティックユニバース』(福原哲郎スペースダンス公演)の制作と上演を通して追求します。現在も日本人の感性の中核を形成するアニミズムについて再考し、身体空間について再考し、ドラマツルギーについて再考し、また必要技術について再考します。

新しい表現を創造する今後の現場では、アーティストとサイエンティストの区別は不要です。また、テクノロジーの後追いをするアーティストも、開発した先端技術を政治に悪利用されて「スミマセン。でもその事故は私の責任ではありません」と謝罪するサイエンティストも、21世紀には相応しくありません。 私たちはこの作品で、アートとサイエンスを協働させ、誕生させる全ての技術・モノ・情報に自分たちで責任を取れる、「サイエンティストでもあるアーティスト」と「アーティストでもあるサイエンティスト」の誕生をめざします。

そして、新しい表現がナショナリズムの発揮ではないように、そこに日本人の新しい表現があり同時にそれが多文化社会の文化創造でもあるように、たとえば柔道がある時から「国際柔道」として登場できたように、海外の参加者を交えたスペースダンスという新しい創造の形式を探求します。

かつて、ノーベル文学賞を受賞したトルコ人作家オルハン・パムクは著書『わたしの名は紅(あか)』のなかで、西洋画とトルコ伝統の細密画との生々しい葛藤を描きました。そして、日本の読者に向けた本の前書きでは、中国や日本には西洋画に対抗できるつよい絵画の伝統があったこと、しかも日本は西洋画の影響を受けつつ日本独自の新しい近代絵画を生み出すこともできたことを讃えています。 しかし、中国文化の受容も終わり、西洋文化の受容も終わった現在の日本文化は、今後どこに向い、どんな力を持ち、世界の中でどんな役割を果たすことができるのでしょうか?

しかも一方で、日本国内では「ほとんどのアーティストは、才能があっても、生活者として自立できない。食べられない。銀行も資金を貸さない」という経済的に悲惨な状況が一向に改善されていません。アーティストとしての自活も、アーティストによる起業も、国内では不可能に近いのです。日本は「文化国家」であるといわれていますが、アーティストの社会的地位をいつまでも保証できない「文化国家」とは、一体何でしょうか?

スペースダンスは、舞踏の創始者・土方巽の死の直前の孤独と葛藤に注目することからスタートし、舞踏スタイルを脱して舞踏のエッセンスだけを残し、世界各地に多国籍のスペースダンサーを誕生させています。一方で、美術家・荒川修作の「ダンスの後に何も生まれていないと、虚しいのでは?」という不思議な言葉に霊感を受け、ダンス&デザインをコンセプトとして、新しい形式でのアートの創造とその社会化をめざします。

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■コンセプト

「ダンス&デザイン」という方法
〜ダンスの後にデザインが生まれる~

はじめに、「姿勢の創造」を試みます。

動物たちの「姿勢」が水中生活や地上生活の中で大きく変化したように、そして「二足歩行の奇蹟」によって人間が誕生したように、人間の「姿勢」も環境の変化によって変化する空間の関数です。

私たちは、人間はいま、バーチャル(仮想)がリアル(現実)を凌駕しつつある特有な情報社会の中にあって、また生命科学やロボット工学によるあらたな人工身体創造と宇宙開発の時代を迎えるにあたり、また地球環境の劣化という大きな変化に直面し、それらに対応し、持続可能な存在として生き延びるために、「新しい姿勢の創造」による「新しい進化への跳躍」を求められている、と考えています。

テーマは「身体の未来」です。そのために私が採用する仮説は次の通りです。

ヒトは、二足歩行を確立すると共に<坐る>という新しい姿勢を創造し、やがて<椅子>を発明した。地球文化の本格的な開花は、<椅子>の登場から始まった。ヒトは、追想しつつ、追想を土台として未来に跳躍することを望む存在である。現代のヒトは、情報社会の中で、また宇宙時代の中で、何を望み、どんな姿勢を創造し、そのためにどんなデザインを発明するのか? この発明が、人間の次の進化をつくる」。

以上の仮説から、私たちは、「ダンスにおけるフォルムの形成」を「姿勢の創造」として読み直し、また「姿勢」が重力と空間の様態に密接に関係して発生している事実に注目し、「身体-空間モデル」を開発します。

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■ 姿勢の進化史映像・流体家具・ロボットスーツ

はじめに、スペースチューブの中で記憶の回復を増進させるダンサーの動きに焦点を当て、「身体-空間モデル」を使用して、「魚・両生類・四足動物・鳥・サル・人間による姿勢の進化史」を映像化する。

次に、スペースチューブの中でダンサーと椅子とのコラボレーションを実施し、「身体-空間モデル」を使用して、「流体家具」をデザインする。「流体家具」は、A(親和度)の過度の増加によるヒトと家具が一体化したイメージとして表現されるが、「立つと坐るの間」と「坐ると寝るの間」に新しい姿勢を形成できる機能をもち、椅子でもあり同時にベッドであるような「新しい家具」としてデザインされる。

さらに、スペースキューブ(個人用スペースチューブ)をロボット化し、毎日の人びとの「姿勢の創造」を支援する「ロボットスーツ」として開発する。「ロボットスーツ」にAIプログラムを導入し、ユーザーの日々の全ての姿勢を「記憶」させ、「再現」させ、未知の姿勢を「開発」する。

以上の記憶・再現・開発の試みを通じて、「ロボットスーツ」を「ヒトを支援する生命化されたモノ=分身」として成長させ、「」を持たせる。

以上の一連の作業を「8つの物語」による『スペースダンス・イン・ザ・ロボティックユニバース』として仕込み、上演する。その結果、ダンスの後にデザインが誕生する。

こうして、スペースダンス公演は、現代に固有な『身体の物語』を上演するダンス作品であるとともに、人間の進化のために必要な諸々のデザインを誕生させる「バウハウス的作品」でもあるという、ユニークな位置を獲得できる。

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■8つの物語
スペースダンス・イン・ザ・ロボティックユニバース 
(2019年版)

ダンサーは、「身体-空間モデル」を仕込んだヘッドセットを頭に被る。また、右目に「グラススクリーンA」を、左目に「グラススクリーンB」を装着し、それぞれに投影される「外部から見た自分のダンス映像」と「AIプログラムが出力する映像」を必要に応じて確認しつつ、以下の「8つの物語」についてダンスする。「グラススクリーンB」に投影される映像は、観客用として舞台上の大スクリーンにも投影される。

物語1 「記憶」

ダンサーは,ステージに立ち、「身体を客体化する技術」によりゆったりとダンスし、エネルギーを身体と空間の間に循環させることで、「」に蓄積された「忘れられた記憶」がダンスの動きと共に蘇ることを体験する。そして、立ち尽くし、さらに内面化して記憶を増幅させ、身体を溢れるばかりの記憶で満たす。「身体-空間モデル」は「ダンサーが空間と一体化する様子」と「活性化する脳マップ」を表現する。

物語2 「ウォーキングダンス」

ダンサーは、足と地面の間に親和的関係を形成し、「この世でもっともやさしい歩行」をつくる。注意をはるかな過去の記憶に遡らせ、人間が二本の足で立ち「二足歩行の奇跡」を実現した瞬間を追想し、「人間をはじめ直す感覚」を体験する。その体験を深めるために、さらに独特な歩き方を試みる。「身体-空間モデル」は「ダンサーの足と地面の間の親和的関係」と「二足歩行に成功した瞬間」を表現する。

物語3 「小さな動きの中の天国」

ダンサーは、身体に流れ込むエネルギーをすべて消費せず、あえて動きを制御して「小さな動き」を選択し、そこに留まることで、雪ダルマのように膨張するエネルギーの世界を体感する。そのためダンサーは疲れることがない。そして、自分のダンスの動きの中に「隠されていた動きの世界」が存在する事を知り、あえて選択した「小さな動き」の連続によりダンスの頂点に至り、「パラダイス~あらゆる動きが可能になる自由」を大きな喜びをもって実現する。また、失くしていた「野生」を取り戻す。「身体-空間モデル」は「雪ダルマのように膨張するエネルギー」を表現する。

物語4-1 「次元」 

ダンサーは、スペースチューブの中に入り、自分の顔を45度の角度でスペースチューブの布に押し付ける。観客には「透けて見えるダンサーの三次元の顔」と「影として見えるダンサーの二次元の顔」が一つの顔として重なって見える。このシーンは、スペースチューブの中には余剰次元が励起することへの暗示である。ダ ンサーは、余剰次元には世界から消えた多くのものが存在し、「4次元の存在」と「5次元の存在」が同居していることを知ることができる。「身体-空間モデル」は「余剰次元の励起の様態」を表現する。

物語4-2 「奇妙な果実」

ダンサーは、スペースチューブに身体を委ね、スペースチューブが自分の「第2の身体」として拡張されていく感覚を味わい、この感覚の中で容易に「浮遊」が可能になることを知る。ダンサーは浮遊して、失われた「多様な記憶」を回復させる。蘇った記憶に応じて、ダンサーの身体が流体のように変形を繰り返し、ダンサーは「」になり、「両生類」になり、「四足動物」になり、「」になる。「身体-空間モデル」は「姿勢の進化史映像」を表現する。

物語4-3 「流体家具」

ダンサーは、魚・両生類・四足動物・鳥などの多様な姿勢形成を利用して、スペースチューブの中で椅子とのコラボレーションを実施して「流体家具」を誕生させる。「流体家具」は、椅子でもあり同時にベッドであるような「新しい家具」であり、ダンサーは「流体家具」に座ることで、「立つと坐るの間」と「坐ると寝るの間」に新しい姿勢を形成できる。「身体-空間モデル」は「流体家具が生成する過程」を表現する。

物語4-4 「親和性」

ダンサーは、スペースチューブの中で安らぎ、気に入った一つのダンスを延々と繰り返す。すると、いつの頃か好きだった「音楽」がダンサーの耳に聴こえはじめる。それはダンサーの脳に蓄積された親しかった遠い動物たちの叫びだ。ダンサーの頭の中で古い記憶と新しい記憶がせめぎ合い、そのズレがニューロンを通過する「未知の微電流の変化=音楽」として聴こえる。「身体-空間モデル」は「音楽が生成する過程」を表現する。

物語5 「立ち上がる禅」

ダンサーは、スペースチューブを出て、静かに座り、心身を落ち着ける。そして、考える。なぜここにいるのか? どこに行けばいいのか? 目を閉じると、どこからか「さぁ、時が来た。そこにはあなたが知りたかった世界があり、あなたが待ち望んでいた仕事が待っている」という声が聴こえる。ダンサーは、ゆっくりと、立ち上がる。「身体-空間モデル」は「立ち上がった禅としてのダンス」を表現する。

物語6 「ウォーキングダンス2」

ダンサーは、再度ウォーキング・ダンスを試みる。ゆっくりと立ち上がりつつ、まるでいまはじめて腰から生えてきたように、二本の足の隣に「もう一本の足」が存在していることに気づく。また、両手は「」になっている。ダンサーは、三本の足と翼で、半ば「浮遊」し、半ば「回転」しているような、新しい歩き方の工夫を始める。ダンサーが新しい生命体になり、人間の次の姿を形成するために。「身体-空間モデル」は「奇妙な歩行の様子」を表現する。

物語7 「カタルシス」

ダンサーは、過去への回帰からのリターンとしての「ポスト人間の姿勢」の形成を繰り返し試みる。ダンサーは、隠されていた自分の性格と魅力を発見し、多重人格者のようになった自分の新しい個性をつかみ取る。自分の固有のフォルムをつくり、パラダイスを超えて、カタルシスに至る。「身体-空間モデル」は「新しい個性の生成の過程」を表現する。

物語8 「花」

ダンサーは、静かに横たわる。心の中で「会いたかった人びと」と再会し、自分を「喜びに満ちた花」として体験する。やがて自分が「人間の次の世代」として見知らぬ惑星で目覚めるその日について黙想し、花々を降らせ、カタルシスを完成させる。こうして「一つの旅」を終わり、満身の微笑とともに観客の背後に向かって挨拶し、溶け出すように大地に帰還する。「身体-空間モデル」は、「この日のダンスのデザイン成果」を表現する。

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